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ドン・キホーテはいずこに?




 政権交代選挙(2009年8月30日投票)の議席獲得について、週刊誌の予測がいかばかりであったか、サンデー毎日(9月13日号)が紹介している。
 民主党308議席VS自民党119議席について、週刊朝日が326-102(政治評論家森田実)と307-122(政治ジャーナリスト野上忠興)という二つの数値を示していた。
 サンデー毎日が249-173議席で自民党の願望にもっとも近いものであったが、その毎日と朝日のあいだに文春(291-128)、現代(289-141)、ポスト(275-150)と三誌の予測があった。

 今回は女性誌までが詳細な予測を出したそうで、女性セブンの270-150議席というのはテレビでおなじみの政治評論家有馬晴海のものである。「本当は民主党300、自民党100と予測しましたが、実はあまりにも極端すぎると編集部から修正を求められたのです。」という。とすれば朝日の野上予測に次ぐ近似値であったわけで、常日頃、平易に語る氏の政治的状況判断の的確さがあらためて実証されたということもできる。

 いずれにしても民主圧勝、自民惨敗という大勢は読めていたわけで、ひとり読めなかったのが敗戦後の日本再生をはかった偉大な吉田茂の孫麻生太郎首相だけであったとすれば、そのことがまたひとつの時代を画すものとして感慨深い。
 二世、三世がすべてダメというのではないが、「あれは大工のブーデのせがれでしてな。親の暮らしがらくなもんで子どももあまやかしている」からそうなったというのは近代文学の先駆者フローベール「ボヴァリー夫人」の一節である。
 いまこの国では親や社会にあまやかされたか、物事の見境さえつかない「大人」があまりに多くなって、「日本人が壊れる」(柳田邦夫)とか、なぜ日本人は「ここまで劣化してしまったのか」(2009年9月6日付毎日新聞「千波万波」)潮田道夫)といわれて、政治家も例外でないとすればそれ以上に憂うべきことはない。

 セルバンテスが「憂い顔の騎士」としてあのドン・キホーテを登場させたのが、スペインの無敵艦隊が大英帝国に敗れて、地上の覇者が入れ替わって行くときであった。
 ボヴァリー夫人はそれから270年の後、フローベルによれば小説は客観的で、無感動的で、没個性的でなければならなくて、その考えに徹することで近代的自我の象徴でもあるような「個性」として、ボヴァリー夫人が造形のされたのだといわれている。
 夫シャルルや妻エマ(ボヴァリー夫人)、その周りで蠢く人物はいずれも現代人そのものである。政権交代選挙のために投票所に足を運んだ老若男女に生き写しである。
 社会のしくみがどんなに変化しても、人間はそうそう変わるものでないらしいということが、古典を読みかえすといまさらのごとくわからせてくれる。事の真実は古典から学ぶしかないのかも知れない。

 ともあれ育ちの良さがつくる「愚者」がいくら善良であっても、生活者としては見過しにできないというのがこのたびの政権交代選挙であった。
 われら衆愚の選択――は週刊新潮のキャッチフレーズだけれど、「衆愚」の夢を、スペインの文豪セルバンテスの夢に重ねあわせて、「ドン・キホーテは誰?」(2009年8月16日付毎日新聞「時代の風」――脱・マニュアル選挙)を書いたのが同志社大学教授浜矩子だった。
 「ドン・キホーテは老人だ。だが彼の夢は大きく、心は若きビジョンに満ちている。彼の夢とビジョン(には)強きをくじいて、弱きを救う騎士道精神がある。(そんな)信条と心情の吐露がないものを、マニュフェストとはいわない。夢とビジョンで競い合い、本当のマニュフェストをぶつけあい、グローバル時代のドン・キホーテの座を手にする」のは「誰?」というのであった。

 われら「衆愚」の生活には圧勝も惨敗もあるわけではなくて、日々、刻苦勉励しかないことは、この際あらためて肝に銘じておかねばならないが、しかし、見られる「夢」もなければ生活は楽しくならない。
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